塩江の歴史

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今も昔も高松の奥座敷

少女歌劇阿讃山麓の大自然に抱かれた山あいの県下最大の温泉郷。約1,300年前、名僧行基により発見され、その後、空海(弘法大師)が修業し湯治を万人に勧めた歴史ある名湯である。
かつては旅館内の演芸場で少女歌劇が催され「讃岐の宝塚」と称されていたこともある。
現在は、四国に2つにしかない国民保養温泉地に指定されており、温泉通や湯治客、四国遍路の結願にて疲れた身体を癒す人、家族連れ等の利用も増え、四季折々の変化を楽しみながらゆったりと過ごされている。

ガソリンカー

ガソリンカー昭和4年11月より仏生山から塩江まで約16kmを運行。「マッチ箱」の愛称で多くの人から愛され記憶に残るような特徴ある車体をしていた。
当時は、娯楽や湯治のためにたくさんの人が利用し、華やかな賑わいの一役をかい活躍していた。現在、廃線跡にできた道路は「ガソリン道」として親しまれ、線路跡を辿ると当時を偲ばせるトンネルや橋脚などの遺構がひっそりと残っている。

岩部八幡神社(岩部のイチョウ)

岩部のイチョウ塩江町のほぼ中心に位置する岩部八幡神社には、樹齢約600年の大イチョウがある。 鳥居前の石段にどっしりとかまえるそれは、樹高約33メートル、幹周りは約9メートルある。 木の幹や枝から垂れ下がる気根は古木の貫録をたずさえ、母乳の少ない母親がこれに触るとよく出るようになるという言い伝えがある。 秋には美しく黄葉し、遠くからでもその雄大な姿を見ることが出来る。また、落葉すれば境内は艶やかな黄色の絨毯に包まれ、一層神々しく姿を変えて私たちの目を楽しませてくれている。現在、香川県指定天然記念物(昭和46年4月30日指定)になっている。

最明寺(萩寺)

最明寺大宝元年、行基により開基と伝えられている。秋の七草の萩の名所として有名。8月から9月の中秋の名月ごろまでが見頃で、境内には手入れの行き届いたかわいい白や赤紫の花が咲きほころんでいる。

不動の滝

不動の滝空海(弘法大師)が修行で訪れ、この滝で修法を行っていたところ忽然と不動明王が現れたことからその名に不動の滝と名付けられた。
滝の高さは約40mで、巨石が五段に折重なり水が流れ落ちていることから別名五段の滝ともいわれている。幾重にも重なる巨石の一つには「不動明王」と彫り込まれている。

白纓の滝

白纓の滝行基が発見したといわれる源泉近くにあり、山間から流れ落ちる姿は冠を結ぶ紐のように黒い岩肌に細く白い流れがそれに似ていることから名付けられた。
※纓とは・・・冠のひも。冠がぬげないように顎の下で結ぶ紐のこと。

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